おばあちゃん

ピンポンとチャイムがなって
はーいと出てみると
目の前には、おばあちゃんが立っていた。
おばあちゃんは何年も前に死んでしまったはずだが、
つい
「おばあちゃん?」と聞いてしまった。

まるで、止まっている時計が動き出したように
おばあちゃんが話しだした。
「な〜に、驚いた顔して」
「え、だって」
「だってもへちまもないだろ」
「いつまで、ばばあをこんな所に立たせておくつもりだい」
「あ、あ、ごめん、入って」
なんだか、わからないまま僕はおばあちゃんを
一人暮らしのワンルームに招き入れた。

「うわ〜、よごれとる。あんた、昔っから掃除できんかったもんね」
「え、そうだったけ?」
「そうじゃあ、むかしっから、汚れても平気な子だったよ」
「なんちゅうかね、昨日着た汚れた服、
 次の日もそんまま着るってさわいじょったよ」
「ははは、あいかわらずだな おばあちゃん」

僕は、もちろん、おばあちゃんが死んでしまった事を憶えているのだが
なんだか、おばあちゃんがここにいる事に
なんの不思議も憶えない、
そんな感覚にとらわれていた。
まるで、異次元にいるような不思議な感覚だった。

「明日はひさしぶりにバアバのカレーにしようかね。」
「うわ〜なつかしいな。本当に久しぶりだね。食べたかったんだよ」
「じゃあ、今日はおでんだね」
おばあちゃんはにやりと笑い
「そうそう」といった

おばあちゃんのカレーはとてもめずらしいカレーなのである。
おばあちゃんのそのカレーはおでんの次の日に出てくるのだ。
そう、ばあちゃんのカレーとはおでんカレーなのだ。
次の日のおでんにカレールーを入れた不思議なこくのあるカレーなのだ。
絶対、おばあちゃん以外にそのカレーは出せない。
出てこない。カレーなのだ。

「じゃ、その前に部屋を掃除しなくちゃね」
「え、いいよ、すぐ汚れちゃうし」
「なにいってる。その言い訳小学生の時もしてたぞ」
「え、ほんと!」
と、顔を赤らめて僕は笑った。

「じゃあ、材料を買ってきておくれ」
「わかった。でも、」
「でも?なんだい」
「帰ったら、いないって事ないよね」
「うん? ないよ、、、そんな事」
「わかった。すぐに買ってくるよ」
僕は買い物カゴとおばあちゃんのメモをもらって
商店街に買いに出かけた。

おばあちゃんのせいだろうか?
なんだか、通い慣れた商店街が
なつかしいようなそんな気がする。

その夜おでんを食べながら、
「おばあちゃんのおでん。この味懐かしいな」
「そうかい、たくさんお食べ」
僕は懐かしい話をおばあちゃんとたくさんした。
久しぶりに楽しい時間だった。

だけど、僕はまだ、
次の日のカレーも食べない前に
どうしても押さえきれずに
聞いてはいけない事をつい聞いてしまった。
それが、今のこの懐かしいおばあちゃんの事が
壊れたしまう事はわかっていた。
だけど、つい。

「ねえ、おばあちゃんは死んだんだよね」
おばあちゃんは手を止めて
しばらくして
「ああ、そうだよ」とやさしく答えた。
「なんで、今日、きたの?」
「うん?、なんでってお前」
「ごめんね。こんな事聞いちゃって」
「いいさ」
「今日はあたしが来たんじゃないよ」
「え?」
「お前が来たんだよ」
「え??」
「だって、おばあちゃんがピンポンって」
「そうだよ。お前が来たから訪ねてきたんじゃないか」
「え???まさか」
「そうだよ、お前が死んじまって、今日ここに引っ越してきたんだろ」
「え?」
僕は声も出なかった。
「そうかい、憶えてないんだねえ」
僕はなんだか悲しくなって泣き出してしまった。

しばらく嗚咽したあと、僕は気になっている事をきいた。
「おばあちゃん。僕はいったいどうして死んじゃったの」
「事故?病気?それとも何かの災害?」
「本当に何も憶えてないんだね〜」
僕はきゅうに大声でおばあちゃんにすがった。
「もっと、もっと生きたかったよ。まだまだ、僕はやりたい事があったんだ。」
おばあちゃんはやさしく頭をなでて
「おやおや、何言ってんだろうね」
「98にもなって」
「大往生じゃないか」
「老衰のくせに」
・・・・・・・・・・
「え!」
僕は泣くのを止め
よくよく考えてみると
僕は病院のベットで大勢の子供や孫やひ孫や玄孫までに、
見守られて
安らかに
死んだのだった。

大往生だったのである。

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