小さなサル

今より、お空の星がおおかった頃のお話です。
世界のまん中には広い広い森がありました。
森には小さなサルが住んでいました。
小さなサルは生まれてから、ず〜っと一人でした。
小さなサルは、この広い森を遊び場にして、いつも自由に遊びまわっていました。

ある日のことです。
いつものように小さなサルが森の木々を飛び回っていると、遠くの方にキラリと光るものがありました。
小さなサルがそのキラリとひかる方へいってみると、そこには木の葉に埋もれた骸骨がありました。
どうやら、骸骨の首に掛かっている大きな宝石の首飾りがキラキラと光っていたようです。
なんときれいな石でしょう。
小さなサルは、今までこんな綺麗で美しいものは見たことがありません。
首飾りを自分の首にかけてみると、
キラキラとまるで小さな太陽のようにその石は光り続けます。
小さなサルは、大変その首飾りが気に入りました。
しばらくすると、骸骨のとなりにバックが置いてあるのに気づきました。
小さなサルは、ここにもなにかあると思い、バックの中をのぞきこみました。
思った通り、そこには今まで見たこともない不思議なものであふれていました。
中身は本やナイフ、地図、コンパスなどでしたが、
小さなサルにとって初めてみる実に不思議な物でした。
その中でも、小さなサルが一番気に入った物は、
かわいい女の子が写っている写真でした。
まるで、その女の子がそこにいるような、そんな気がします。
それは、小さなサルにとっての初恋でした。
その写真の女の子に、会いたくてしかたありません。
しかし、人間の住む街は小さなサルにとって非常に遠くにあります。
小さなサルの体力では無理かも知れません。
それに人間についての噂はあまりいいものではありませんでした。
森の秩序がみだれるとき、必ず、人間が関わっていました。
それでも、小さなサルは彼女に会いたくて仕方ありません。
ある朝、
小さなサルは、森で一番高い木に登り、東の空を見つめていました。
東の空は太陽が現れる方向ですが、そこをまっすぐ進むと人間の街があるという噂です。
「太陽さん、人間について教えてよ。」
小さなサルが聞きました。
太陽は、
「いいとも、人間達はみな仲が良く働き者で、正直なすばらしいものたちだよ。
ただし、わたしの知っている人間は昼間の人間だけだが。」
「あとは、お月様に聞いてごらん」

夜になり小さなサルはお月様に問いかけました。
「お月様、人間について教えてよ。」
月は怪訝そうな表情をして、
「やめなさい。人間の所に行くなんて。
いつも酔っぱらって、いい加減で、物を盗んだり、時には殺しあったりしている。
生き物の中で、人間は一番残忍だ。」
「ただし、知っているのは夜の人間だけだが…」
ゆっくりと答えてくれました。

小さなサルはとても不安になりました。
しかし、太陽さん、お月様、いったいどちらの言っている事が本当の事なのでしょうか?
ある朝、東の空に向かって小さなサルは歩き出しました。
広い森を何日も歩きました。
途中には大きな河があったり、大雨が降ったり、高い山があったり、
本当に大変な旅でした。
そんなとき小さなサルは必ず、写真を見るのです。
真っ赤な服を着た女の子は笑っていました。
小さなサルに向かって笑っていました。
本当は写真を撮った誰かに笑っているのでしょうが、
小さなサルには、自分に向かって笑っているとしか思えませんでした。
笑顔だけが小さなサルの支えでした。
笑顔を見ていると勇気が湧いてきます。
笑顔のためだけに小さなサルは前に進みました。
真っ赤な服を着た笑顔の素敵な女の子です。

やがて、森も終わりに近づき、人間の住む街が見えてきました。
街には大きな塔が見えます。そこからは、鐘の音も聞こえてきます。
小さなサルは建物の上に登り、しばらく人間を観察していました。
太陽さんの言っていた通り、昼間の人間は働き者で、仲が良く、楽しそうに笑っていました。
小さなサルはホッとしました。
小さなサルは屋根づたいに女の子を探しました。
しかし、なんと人間の数の多いことでしょう。
森では信じられないくらいの数の人間がいます。
何百、何千といることでしょう。
小さなサルはくたくたに疲れ切ってしまいました。
とても、女の子を見つけられそうにありません。
その時、
教会の鐘が鳴りました。
そのすんだ音は小さなサルの心に響きます。
小さなサルは音のする方へ行ってみました。
すると、どうでしょう?
教会の前には、女の子がいました。
見つけました。写真の女の子に間違いありません。
小さなサルの初恋の相手です。
小さなサルが夢にまで見た、女の子です。
しかし、
そこにいた女の子は赤い服を着ていません。
まるで、一筋の光も当たらない洞窟の暗闇、そんな色の黒い服を着ていました。
そして、そこにいた女の子は写真に写っている笑顔ではありません。
ただ、小さなサルには女の子に対して抱いた違和感がなんなのか分かりませんでした。
小さなサルは不思議な顔をして、そーと女の子に近づこうとしました。
その時、偶然にも小さなサルのしていた首飾りが、太陽の光を受けて女の子の顔にまぶしい光をあてました。
女の子が光の当たる方を見ると、
「あ、あれはお父さんの首飾りだわ!」
女の子が叫びました。
「だれか、あのサルをつかまえて」
するとどうでしょう。街じゅうの人間が小さなサルに向かって飛びかかってきます。
小さなサルはあわてて逃げ出しました。
「ああ、やはり人間は恐ろしい生き物だ。」
小さなサルは一生懸命逃げました。
小さなサルはさすがにすばしっこく、なかなか捕まりません。
しかし、逃げても逃げても人間がやってきます。
どうやら、小さなサルのしている首飾りが光ってすぐに気づかれてしまうようです。
ついに逃げ切れなくなり、小さなサルは街で一番高い建物の教会の上に逃げ込みました。
さすがに、ここまでは人間は追いかけてこれないようです。
幸いなことに人間はまだ、気づいていません。
小さなサルはホッとしながらも、
「ああ、やはりお月様の言うとおりだった。」
「人間とはなんて恐ろしい生き物だろう」
「そして、あの子も恐ろしい生き物なのだろうか?」
下を見ると、女の子はまだ教会の前に立っています。
両手を合わせた姿が、印象的でした。
日も沈みかけた頃
「いたぞ!」
人間の声が聞こえます。
小さなサルのしている首飾りは昼間の光に負けないくらいに光り輝いていました。
ついに小さなサルは見つかってしまいました。
小さなサルは見つめます。
好きな子を見つめます。
好きな子も見つめます。
小さなサルを見つめます。
小さなサルが逃げようと思ったらまだ逃げられたでしょう。
でも、小さなサルは静かに教会を降り、女の子の前にきました。
小さなサルにとって、永遠の時間です。
静かな空間でした。
女の子はよーく小さなサルのしている首飾りを見つめていました。
「…」
「パパ…」
女の子がその首飾りを取ろうとした時、
写真が、
小さなサルの体から落ちていきました。
その女の子の写真です。
冒険家のお父さんが持っていたはずの写真です。
今とはちがう、笑顔の女の子です。
黒い服とはちがう赤い服を着た女の子です。
女の子はその写真を見つめます。
ふと写真の裏をみると
そこにはお父さんの字が書かれていました。
内容は娘に宛てたものです。
お父さんは娘の幸せを望んでいました。
娘の笑顔を望んでいました。
小さなサルは女の子をはじめて間近で見ていました。
大きな目をしていました。
その大きな目から一滴の涙が流れた時、
小さなサルに初めての感情が芽生えました。
人間の言葉も、涙の意味さえもわかりませんでしたが、
一滴のしずく、その涙がきれいだと知りました。
女の子は静かに目を閉じ、
大きく深呼吸をしました。
そして、小さなサルは見ました。
そこには、小さなサルが好きな女の子がいました。
写真そっくりの笑顔がかかわいい女の子です。
ずっと探し求めていた笑顔です。
小さなサルが好きな女の子です。
やっと、出会えた本当の女の子の姿です。
小さなサルは幸せでした。
たとえ、ここで殺されてしまっても…。

その後、街には教会の鐘の音が鳴り続けました。
小さなサルは森にもどりました。
あの後、人間達は小さなサルに両手いっぱいのバナナを持たせて森の入口につれていきました。
小さなサルは殺されることもなく、森に放されました。
小さなサルの初恋は終わってしまいましたが、
首飾りは今も小さなサルの胸にキラキラ光っています。

presented by kuwajima